信濃毎日新聞 2004/06/07掲載
教育で最も大切なこと―――。それは人に対する思いやりの心を育てることであり、「自分がして欲しいと思うことを人にしなさい」ということで「黄金律」と呼ばれている。
仏教の法話にこんな話がある。天国と地獄で、数人の人々が一つの鍋を囲んで食事をしていた。
天国では、皆が楽しく談笑しながら食事をしているのに、地獄では殺気だって、けんかをしながら食事をしている。
よく見ると皆70センチほどの長いはしで料理を食べている。
地獄の人々はその長いはしを自分の口に入れることがなかなかできず、いらだって当たり散らしている。
ところが天国では、そのはしを自分ではなく、目の前の人の口に入れるので、お互いが感謝しながら
簡単においしく食べられるのである。
私はあるとき、この話の教訓である「思いやりの心」に出会った。
天竜川近くにある小学校の一年生のクラスで、大きなシャボン玉を作って飛ばす実験をしたときにことだ。
全員が手に丸く布を巻いた輪を持ち、シャボン液の入った大きなタライの周りに立って
代わり番こに液を輪に張って大きなシャボン玉を作る。
しかし、皆早く飛ばしたいので、他の子が輪にシャボン液を張る間がもどかしく、次々と輪を差し込んでしまう。
輪と輪がからんで、結局誰もうまくいかない。皆いらいらしていた。
その様子をじっと眺めていた一人の女の子が私にこう言った。
「先生、私はこう思うんですが、タライの周りに左右一列ずつ並び
代わり番こに一人ずつタライに輪を差し込むようにしたらどうですか」
私はびっくりした。まさにその通り、私は一年生の少女に大切なことを教わったのである。
この少女は、皆が楽しくシャボン玉で遊べるにはどうすればいいかを深く考えていたのである。
この子の両親のしつけと、学校での教育のすばらしさに私は感動した。
思いやりの心は、どんな教科を通じても伝えられるのであり、私はその子の言葉を全員に伝え
至ってスムーズに楽しく実験ができた。
それ以来、どこの学校でも、この実験をするときは彼女の考えを伝え、その方法で行っている。
※ この記事は信濃毎日新聞社様のご協力をいただいて掲載しています。