「あきた総文2026」 第50回全国高等学校総合文化祭
全国高等学校総合文化祭は、昭和52年から開催されている全国の高校生による国内最大規模の芸術文化活動の祭典です。「文化部のインターハイ」とも称され、全国の高校生約2万人が参加し、約10万人の観覧者が訪れます。
秋田県での開催は、昭和56年(第5回大会)以来、45年ぶり2回目となります。開会行事として総合開会式、パレードが行われる他、19の規定部門と3つの協賛部門で発表や競技が繰り広げられます。 あきた総文祭ホームページより

中学生の頃、おもしろ科学工房の理科実験ミュージアムにボランティアとして参加したことをきっかけに、高校入学後はスタッフとして、理科実験ミュージアムの運営を支えてくれました。さらに、さまざまなボランティア活動にも積極的に取り組み、その経験を長野県代表として「あきた総文祭2026 弁論部門」で発表し、優秀賞を受賞しました。
「私がボランティアを続ける理由」
下伊那農業高等学校 3年 Y.T 2026.7.14
ボランティアは「自らの意志で、報酬を求めずに社会のために行う活動」と定義されます。インターネットで「ボランティア」と打ち込むと、「偽善」「内申点」「自己満足」という言葉の羅列が嫌でも目に入ります。しかし、私がボランティア活動を続けている理由はいたってシンプルで「ただ楽しくて興味があるから」これ以上でも以下でもありません。
「高校生なのにボランティアに参加するなんて、えらいね。」ボランティア活動に参加するたびに、大人の方からそう言われます。もちろん悪意のない、純粋な感心の言葉だということはわかっています。それでも、どうしてもその「えらい」という言葉に引っかかってしまいます。 ボランティアと聞くと、多くの日本人が「大変」「疲れる」「無償でやる立派なこと」といったイメージを持っているように思います。しかし私の中では、ボランティアはもっと身近で、楽しく、人と関わるきっかけの一つです。だからこそ、「えらいね」と特別視されるたびに、自分が普通ではないことをしているような気がして、居心地が悪くなります。
私が初めてボランティアに参加したのは中学2年生のとき、「二十歳の集い」の会場スタッフとしてでした。友達と一緒なら楽しそうだという軽い気持ちで応募しました。しかし、現場に着くと何をしていいのか分からず、邪魔にならない場所に立ち、指示を待つだけで時間が過ぎました。何の役にも立てなかった悔しさを今でも覚えています。この経験をきっかけに、「次は自分から動けるようになりたい」と思い、さまざまな活動に参加するようになりました。例えば、私の住んでいる飯田市に住む外国の方と交流する「国際交流の夕べ」、子どもたちの放課後活動を支援する「サマーチャレンジボランティア」、性別や、障がいのあるなしに関わらず、誰もが楽しめる「ボッチャ大会の運営」など、多種多様な活動に参加してきました。友人と参加するときもあれば1人で参加するときもあります。
高校生になってからは、障がいをもった子どもたちと関わるボランティア初めて参加しました。普段と違うボランティア内容で最初は困惑することも多く、適切な対応は何かと、考えすぎてしまい上手く行動に移せませんでしたが、回数を重ねるうちに楽しく関わることができるようになりました。子どもたちと距離が近づくにつれ、「障がいをもっているから」と特別に考え、必要以上に対応を変えることはむしろ相手を傷つけることになると思いました。もちろん実質的に必要なことは支援しますが、時には見守ることも大切だと感じました。
ボランティアの中でも、最も長く続けているのは、工作教室のボランティアです。小学生と一緒に実験や工作をしながら、科学の楽しさを伝える活動で、中学2年生のころから今までに24回参加しています。工作を通して子どもたちと会話をし、最後に「ありがとう」と言われる瞬間が何よりうれしく、人と人との関わりの楽しさを感じます。自分の「好き」が誰かの役に立ったと感じるとき、ボランティアをしていてよかったと思います。
このような活動をしていると、「保育士になりたいの」とよく聞かれます。私が将来、子どもと関わる仕事を目指していると思う人が多いからだと思います。しかし私は、保育士になりたいわけではありません。ただ、子どもと関わることが楽しく、学ぶことが多いから続けているだけです。そう答えると、また決まって「えらいね」と返ってきます。このやりとりのたびに、「なぜ“えらい”のだろう」と考えます。私にとっては、自分の興味や好きなことを活かして人と関わっているだけで、それは部活動や趣味と同じくらい自然なことだからです。
冒頭の通り、ボランティアは「自らの意志で、報酬を求めずに社会のために行う活動」と定義されることが多いです。しかし、私は必ずしも“高い志”から始める必要はないと思います。きっかけが「楽しそうだから」「友達に誘われたから」でも良く、大切なのは、実際に行動してみて、自分なりに感じたことを次につなげることだと思います。私自身、最初は興味本位で始めた活動が、今では自分を成長させてくれる大切な時間になっているからです。
私は、すべての人がボランティアに参加するべきだとは思いません。誰にでも向き不向きがあり、関心のあることも違うからです。ただ、「特別なこと」として遠い存在に感じてほしくありません。ましてや「偽善活動」だなんて思ってほしくありません。ボランティアは、誰かのためだけでなく、自分自身の学びや成長のためにもできる活動だと思います。そして、その一歩を踏み出すことに“えらい”も“立派”も必要ありません。
だから、もしまた「えらいね」と言われたら、きっと私は少し困って、でも笑ってこう答えると思います。「えらいんじゃなくて、ただ、好きなんです。」
あなたも、身近なボランティア活動で、ほんの少しだけ世界を広げてみませんか。
