後藤道夫先生  弔辞  ・・・戸田一郎

後藤道夫先生が生前 「私の命が尽きた時は戸田さん、私の弔辞をお願いします」と頼まれましたと

戸田一郎先生はおっしゃって 葬儀の折 弔辞を読まれました。

 謹んで 掲載させていただきます。

弔 辞

「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを慎む」  江戸時代の儒者・佐藤一斎のこの言葉は、まさに後藤道夫先生の90年の生涯を貫いた生き方であったと確信しています。

 後藤先生は私たち後輩に対しては、いつも春風のごとく明るく暖かい笑顔を以って教え導いてくださいました。しかし先生ご自身は、長い間糖尿病と闘いながら理科教育の改革に心血を注いでこられました。

生徒の理科離れが社会問題となっていた約30年前、「暗記を主とする今の日本の理科教育ではだめだ。理科教師は授業でもっと多くの実験を行い、また市民が実験を楽しむ、そんな日本を作らなければならない」と。そのための効果的な理科教育活動のヒントを求めて、ヨーロッパやアメリカの高校や大学、科学館や研究所を訪ねるツアーを何度も企画され、私も同行させてもらいました。

そんな折、平成2年10月4日・5日の両日、イギリス王立研究所の科学者たちが来日し、科学技術館サイエンスホールで科学実験講座が開かれました。科学者たちは舞台の上で大掛かりな科学実験を演示し、分かりやすく美しく、感動的に見せてくれました。

2日目が終わったとき、後藤先生の周りに集まった数名の理科教師を前に、先生はきっぱりと宣言されました。「イギリスは今日のこの感動的な実験を160年もの間、代々の子供たちに見せて教育し続けたことが、イギリスの近代科学を育てる礎となったのだ。私たちは日本式のやり方で、日本に新しい理科教育の伝統を作ろう。“子供にも、大人にも楽しい科学”これが基本理念だ。皆、協力してほしい。」この日・この時が後藤先生のその後の活動方針が定まった瞬間でした。

 翌年、先生は工学院大学で「中学生・高校生のための科学実験講座」と題して実験講座を開かれました。後藤先生の呼びかけで全国から集まった教師が、自分の得意とする実験コーナーを開いて子供たちに体験させる一方、第一線の科学者たちが講演する、というものでした。車の両輪である“科学と技術”の同時展開。以後、この形式が日本式科学実験講座の基本となりました。

 この記念すべき第1回大会はたった一日の開催でしたが、7千人もの人が詰めかけ、大盛況でした。

 翌年から「青少年のための科学の祭典」と名前を変え、科学技術館を全国大会の拠点として、毎年、全国各地で地元の先生方が中心となり科学実験講座が開かれるようになりました。その後、理科の先生方は学校の枠に縛られず、大会を通して全国の先生方と交流を深め、自分の実験技術や知識を磨くとともに、公民館や児童館あるいは科学館などで、子供にも大人にも実験を楽しんでもらうという活動が定着し、現在に至っています。

工学院大学での実験講座開催の翌年、先生は「日本の理科教育の改革を目指すこの運動は、自分が教師として学校に勤務しながら片手間に出来るものではない」と言われ、活動のための時間と資金を手にするため、定年まで数年を残して工学院大学高校を退職されました。その後、その退職金を使って学会や大学、あるいは素晴らしい実験をする理科教師や企業の技術者などの人材を求めて全国を行脚され、この新しい運動への理解と協力、そして参加をお願いして回られました。

今はごく普通になった、この“実験を楽しむ活動”が実は、後藤先生が早期退職して得られた退職金をつぎ込み、また先生の体調管理に長年精魂を傾けられた奥様はじめご家族の献身的な支えがあって初めて日本に定着するようになったことを知る人は、今やほとんどおられません。しかし後藤先生にとって、ここに至るまで自分や家族が結束して果たした努力や費やした資金を惜しむこともなく、また地位や名誉はもちろん眼中にはなく、ひたすら理科教育の改革にその生涯を捧げられました。

後藤先生の名前は知らなくとも、「青少年のための科学の祭典」として形を変えた先生のこの熱い志は、燃え盛る松明となって、祭典を維持する多くの理科教師の手で高々と掲げられ、時代を越えて次々と引き継がれ、日本の理科教育の行く手を照らす灯火となることでしょう。

人はこの世に果たすべき使命を持って生まれ、その使命を果たしたとき天に召される、と聞いています。先生は立派に、そして十分にその使命を果たされました。

先生は数年前、「私の命が尽きたときは戸田さん、私の弔辞をお願いします。」とおっしゃいました。今、遂にその時が来てしまいました。“後藤道夫先生”という偉大な人物の業績を語るには、私はあまりにも力不足であります。しかし今、先生への感謝を込めて先生との最後の約束を果たさせていただきました。

先生、長い間ご指導いただきありがとうございました。さようなら!

平成29年12月27日

                

         戸田 一郎

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